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東京高等裁判所 平成10年(行ケ)377号 判決 1999年5月25日

北海道札幌市北区北七条西六丁目1番地

原告

北海道農材工業株式会社

代表者代表取締役

櫻井勝

訴訟代理人弁理士

原田信市

東京都千代田区霞が関三丁目4番3号

被告

特許庁長官

伊佐山建志

指定代理人

瀬尾和子

廣田米男

小池隆

主文

特許庁が平成6年審判第11246号事件について平成10年10月15日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1  原告が求める裁判

主文と同旨の判決

第2  原告の主張

1  特許庁における手続の経緯

原告は、平成3年7月10日に意匠に係る物品を「タイル」とする別紙図面A表示の意匠(以下「本願意匠」という。)について意匠登録出願(平成3年意匠登録願第20445号)をしたが、平成6年5月9日に拒絶査定を受けたので、同年7月8日に拒絶査定不服の審判を請求した。特許庁は、これを平成6年審判第11246号事件として審理した結果、平成10年10月15日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、同年11月9日にその謄本を原告に送達した。

2  審決の理由

別紙審決書の理由写しのとおり(ただし、「別紙第一」を「別紙図面A」、「別紙第二」を「別紙図面B」と読み替える。また、審決にいう「引用の意匠」を以下「引用意匠」という。)

なお、本判決においては、別紙図面A、Bの各「左側面図」において、左側(すなわち、タイルの裏面)のほぼ中央に穿たれている開口部(審決にいう「上部係合溝」)を「中凹部」、中凹部より左上の突出部分(審決にいう「上端」)を「上凸部」、中凹部より左下の突出部分(審決にいう「係合突起部」)を「下凸部」、下凸部より左下の部分(審決にいう「下部係合部」)を「下抉部」という。また、各図の右側(すなわち、タイルの表面)上部の切欠き部分を「表面抉部」という。ちなみに、当事者らは、本願意匠において中凹部と下凸部との間に設けられている段差部分を、下凸部の一部としている。

3  審決の取消事由

審決は、その認定した差異点はいずれも意匠の類否判断を左右する要素としては微弱なものであって、本願意匠は引用意匠に類似する旨判断している。

しかしながら、本願意匠は、下記の各部分の具体的態様において引用意匠とは明らかに異なっているから、審決の上記判断は誤りである。

この点について、被告は、タイルの意匠において取引者、需要者の注意を引く部分は工事施工後にタイル表面側に現れる目透かしの形状に影響する表面抉部及びタイルの下端の線である旨主張する。

しかしながら、タイルの取引者、需要者であるタイル工事施工業者が、タイル工事の難易あるいは確実性に直接関係するタイルの裏面の態様に注目することは当然であるから、被告の上記主張は失当である。

(1)上凸部(差異点<3>)

本願意匠の上凸部の厚さがタイルの最大厚さのほぼ1/3であるのに対して、引用意匠の上凸部の厚さはタイルの最大厚さのほぼ1/2である。また、本願意匠の上凸部の上下幅がタイルの最大長さのほぼ1/4であるのに対して、引用意匠の上凸部の上下幅はタイルの最大長さのほぼ2/5である。なお、本願意匠の上凸部が肩状に切り欠かれているのに対して、引用意匠の上凸部は左上角が斜めに切り欠かれている。

(2)中凹部(差異点<1>)

本願意匠の中凹部の上下幅がタイルの最大長さのほぼ1/4であるのに対して、引用意匠の中凹部の上下幅はタイルの最大長さのほぼ1/3である。また、本願意匠の中凹部の深さがタイルの最大厚さのほぼ1/3であるのに対して、引用意匠の中凹部の深さはタイルの最大厚さのほぼ1/2である。なお、本願意匠の中凹部の上端が湾曲しているのに対して、引用意匠の中凹部の上端は角型である。

(3)下凸部(差異点<3>)

本願意匠の下凸部の厚さがタイルの最大厚さのほぼ1/3であるのに対して、引用意匠の下凸部の厚さはタイルの最大厚さのほぼ1/2である。また、本願意匠の下凸部の上下幅がタイルの最大長さのほぼ1/4であるのに対して、引用意匠の下凸部の上下幅はタイルの最大長さのほぼ1/5である。なお、本願意匠の下凸部が肩状に切り欠かれているのに対して、引用意匠の下凸部には切欠き部分が存在しない。

(4)下抉部(差異点<2>)

本願意匠の下抉部の上下幅がタイルの最大長さのほぼ1/3であるのに対して、引用意匠の下抉部の上下幅はタイルの最大長さのほぼ1/10にすぎない。なお、本願意匠の下抉部の上端が湾曲しているのに対して、引用意匠の下抉部の上端は角型である。

(5)表面抉部

本願意匠の表面抉部が流線型に形成され、縦横比がほぼ1:1であるのに対して、引用意匠の表面抉部は角型に形成され、縦横比がほぼ2:1である。

(6)なお、本願意匠の下抉部の形状と上凸部の形状とが明らかに相違しており、タイル工事施工後に上下のタイルが密嵌しないのに対して、引用意匠の下抉部の形状と上凸部の形状とは雌雄的に精確に対応しており、タイル工事施工後に上下のタイルは密嵌するものである。

第3  被告の主張

原告の主張1、2は認めるが、3(審決の取消事由)は争う。審決の認定判断は正当であって、これを取り消すべき理由はない。

すなわち、タイルの意匠において取引者、需要者の注意を引く部分は、工事施工後にタイル表面側に現れる目透かしの形状を決定する表面抉部及びタイルの下端の線であるが、これらの態様において本願意匠と引用意匠は審決説示のとおりほぼ一致するのである。

(1)上凸部(差異点<3>)

原告は、上凸部の厚さ、上下幅及び切欠きの態様における本願意匠と引用意匠の差異を主張する。

しかしながら、差異点<3>が限られた部位における軽微な差異であることは審決説示のとおりである。

(2)中凹部(差異点<1>)

原告は、左凹部の上下幅、深さ及び上端の態様における本願意匠と引用意匠の差異を主張する。

しかしながら、本願意匠の中凹部の態様が本出願前に公知であって、差異点<1>が微弱なものであることは審決説示のとおりである。なお、本願意匠の下凸部が肩状に切り欠かれているため、本願意匠の中凹部は、引用意匠の中凹部とほぼ同一の上下幅を有するような印象を与えるものである。

(3)下凸部(差異点<3>)

原告は、下凸部の厚さ、上下幅及び切欠きの態様における本願意匠と引用意匠の差異を主張する。

しかしながら、差異点<3>が限られた部位における軽微な差異であることは審決説示のとおりである。

(4)下抉部(差異点<2>)

原告は、下抉部の上下幅及び上端の態様における本願意匠と引用意匠の差異を主張する。

しかしながら、本願意匠の下抉部の態様は本出願前に公知であって、差異点<2>が微弱なものであることは審決説示のとおりである。

(5)表面抉部

原告は、表面抉部の態様及び縦横比における本願意匠と引用意匠の差異を主張する。

しかしながら、表面抉部の態様において本願意匠と引用意匠がほぼ一致することは前記のとおりである。

(6)なお、原告は、本願意匠のタイルがタイル工事施工後に上下のタイルが密嵌しないのに対して、引用意匠のタイルはタイル工事施工後に上下のタイルは密嵌する旨主張する。

しかしながら、タイル工事施工後に上下のタイルが密嵌する態様も、密嵌しない態様も、本出願前に公知であるから、原告の上記主張は本願意匠が引用意匠に類似しないことの論拠にはならない。

理由

第1  原告の主張1(特許庁における手続の経緯)及び2(審決の理由)は、被告も認めるところである。

第2  そこで、原告主張の審決取消事由の当否について検討する。

1  甲第2号証の4(別紙図面Aの「使用状態を示す参考図」)及び甲第3号証の1(別紙図面Bの「使用状態を示す参考図」)によれば、別紙図面A、Bの各「左側面図」はタイルの断面を示すものであって、図の左側(すなわち、タイルの裏面)が建物の壁面に接着され、工事施工後のタイルは図の右側(すなわち、タイルの表面)のみが目視できることが明らかである。そして、建物の所有者など最終の需要者らが関心を持つのは、タイル1枚の大きさ、縱横比及び表面の図柄などの模様あるいは色であることは当然であって、最終の需要者らが、工事施工後には目視することができないタイルの裏面の形状に関心を持つとはとうてい考えられない。

しかしながら、タイルは主として専門業者の間において売買され、タイル工事も専門業者によって施工されるのであるから、タイルの意匠の類否は、これら専門業者をも取引者、需要者として想定し、これを基準として認定判断することを要すると解するのが相当である。

そして、本願意匠と引用意匠と間に、タイル工事施工後には目視することができない上凸部、中凹部、下凸部及び下抉部の態様において少なからぬ差異がある(この点に関する原告の主張は、おおむね正確であると認められる。)のは、タイルの裏面の形状が、タイルを壁面に設けられた突片(審決にいう「係合突条」)に掛ける工程の難易及び確実性、及び、下塗りされるセメント等とタイル裏面との接着の確実性に大きく影響するからであると考えられる。そうすると、タイルの裏面の形状は専門業者らによって特に注意深く観察され、その差異は微細なものであっても見逃されるはずのないものであるから、差異点<1>ないし<3>はタイルの意匠の類否判断を左右する要素としては微弱なものであるとした審決の判断は、明らかに誤りである。

2  のみならず、本願意匠と引用意匠との間には、次のような看過できない差異があるというべきである。

別紙図面Aの「使用状態を示す参考図」によれば、本件意匠に係るタイルは、壁面に上下の間隔を置いて設けられた突片に上凸部及び下凸部の双方の下面(中凹部及び下抉部の双方の上面)を掛けたうえで接着され、工事施工後のタイル表面側には上下のタイルの間に一定の間隔、すなわち目透かし(目地)が形成されるのであるが、この目透かしの上下幅は、壁面に設けられる突片の上下の間隔を適宜に設定することによって、自由に決定することができる(すなわち、1枚のタイルが掛けられる上下2つの突片の間隔はタイル裏面の形状によって一義的に決定されるが、あるタイルとその下のタイルとの間隔は、自由に選択することが可能である)ものと認められる。

これに対して、別紙図面Bの「使用状態を示す参考図」によれば、引用意匠に係るタイルは、壁面に設けられた突片に上凸部の下面(中凹部の上面)のみを掛け、下のタイルの上凸部に上のタイルの下抉部を密嵌することによって接着されることを前提として創案されたものであることが明らかであるから、工事施工後のタイル表面側に現れる上下のタイルの間の目透かしの上下幅は、表面抉部の上下幅と下抉部の上下幅との差として、一義的に決定されるものであると認められる。

そうすると、引用意匠においては、上凸部の形状と下抉部の形状とが雌雄的に精確に対応していなければならないが、本願意匠の下抉部の形状と上凸部の形状とが雌雄的に対応していないことは一見して明らかである。また、引用意匠においては、表面抉部の上下幅と下抉部の上下幅との差は、工事施工後のタイル表面側に現れる上下のタイルの間の目透かしの上下幅を一義的に決定するものとして重要な意味を持っており、表面抉部の上下幅は、必ず下抉部の上下幅より大きくなければならない(そうでなければ、工事施工後のタイル表面側に上下の目透かしが現れない。)。しかるに、本願意匠においては、表面抉部の上下幅と下抉部の上下幅との差はさしたる意味を持っておらず、しかも、表面抉部の上下幅は下抉部の上下幅よりもかなり小さいものとして描かれているのである。

したがって、上凸部の形状と下抉部の形状とが雌雄的に対応しているか否か、表面抉部の上下幅と下抉部の上下幅との差がどのように設定されているかは、専門業者ならば見逃すはずのない差異点と解すべきであるから、これらを両意匠の差異点として認定せず、これらの差異点が意匠全体の美感に及ぼす影響を考慮しないままに、本願意匠は引用意匠に類似するとした審決の判断には、類否の判断を左右する誤りがあるといわざるをえない。

3  以上のとおりであるから、差異点<1>ないし<3>を含む類否に関する審決の認定判断は誤っており、その誤りは審決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。したがって、本願意匠は意匠法3条1項3号の規定に該当するから、意匠登録を受けることができないとした審決の結論は、維持することができない。

第3  よって、審決の取消しを求める原告の本訴請求は、正当であるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結日 平成11年4月15日)

(裁判長裁判官 清永利亮 裁判官 春日民雄 裁判官 宍戸充)

別紙図面A

<省略>

別紙図面B

<省略>

理由

本願は、平成3年7月10日の意匠登録出願であって、その意匠は、願書及び願書に添付の図面の記載によれば、意匠に係る物品を「タイル」とし、形態は、別紙第一に示すものである。

これに対して、原審に於いて拒絶の理由として示した意匠(以下、「引例の意匠」と云う.)は、昭和63年9月28日の特許庁発行の意匠公報に所載の意匠登録第744571号の意匠に係る物品を「建築用壁材」とした意匠であって、同公報の記載によれば、形態は、別紙第二に示すものである。

そこで本願の意匠と引例の意匠とを比較すると、両意匠は、意匠に係る物品については、何れも建築用の内外壁等の構成部材として使用されるものであるから共通するものと認められ、形態に於いては、<1>裏面の略中央の長手方向に形成した上部係合溝について、本願の意匠は、開口幅を全体の縦幅の約1/4の長さにして上部中央寄りに形成しているのに対し、引例の意匠は、約1/3の長さにして略中央に形成している点、<2>下端の長手方向に形成した下側を開放する下部係合部について、本願の意匠は、全体の縦幅の約1/3の長さに形成しているのに対し、引例の意匠は、約1/9の長さに形成している点、また、本願の意匠は、下端の裹面側を僅かに前面側に向けて斜状としているのに対し、引例の意匠は、そうしていない点、<3>上端及び上部係合溝と下部係合部との間の係合突起部の裏面側上半分を浅い段状に形成しているのに対し、引例の意匠は、段状に形成していない点、更に詳細に観ると、<4>上端面について、本願の意匠は、平坦面であるのに対し、引例の意匠は、裏面側下方に向けた斜面としている点に差異が認められる。しかし、その余の全体形状は略一致するものである。

そうして、両意匠に係るこの種物品が、別体の係合突条の斜状部位に裏面の係合溝で係合し、同様の板体を連接して建築用の内外壁等を構成する部材であることを考慮すると、この略一致するとした全体形状は、看者の注意を惹くところであり形態上の特徴を最もよく表すところのものであるから、両意匠の類否判断を左右する要部をなすものと認められる。

他方差異点は、何れも両意匠の類否判断を左右する要素としては微弱なものである。

ところで、この種物品に於ける係合溝や係合部の形状及び形成する位置や大きさにっいては、別体の係合突条等との関係に応じて適宜変更するものであるところ、<1>上部係合溝及び<2>下部係合部について、本願の意匠と同様に、その開口部を全体の縦幅の約1/4の長さにして上部中央寄りに形成し、下部係合部を長く形成し、下端の裏面側を斜状としているものが本願の意匠登録出願前より見受けられる(例えば、昭和62年9月25日特許庁発行の公開実用新案公報に所載の実用新案出願公開昭62年第151336号考案の名称「タイル支持体」第2図のタイルの意匠。昭和63年2月23日特許庁発行の公開実用新案公報に所載の実用新案出願公開昭63年第27634号考案の名称「外装タイルの取付装置」第1図の外装タイルの意匠。)ので、これらの点に関して本願の意匠独自のものとすることもできないことを勘案すると、何れの差異も、両意匠を別異のものとする程のものではなく類否判断を左右する要素としては微弱なものと認められる。<3>の係合突起部の段状については、本願の意匠の段状も極く僅かな浅いものであり、<4>の上端面の差異も、特に同部位を採り挙げ注視した場合に認められる程度のものであって、形態全体としては限られた部位に於ける軽微な差異と云うほかない。

そうして、これらの差異点を総合しても、両意匠全体の略一致する全体形状が表出する特徴に影響を与える程のものとは到底云うことができず、本願の意匠と引例の意匠とは類似するものである。

以上のとおりであるので、本願の意匠は、意匠法第3条第1項第3号に該当し、意匠登録を受けることができない。

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